プルトニウムとミッキー・マウス

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The Economist 31st March 2011エコノミスト 2011年3月31日
日本の原子力危機は延々と長引いている。東京電力と日本のエネルギー政策の深刻な失敗をさらけだしながら。

 日中だというのに、世界最大の民間電力会社の本部はまるで墓場のような暗さだ。役員たちは頭を垂れ、東京電力(TEPCO)が引き起こした事態について、かぼそい声で謝罪した。同社社長、清水正孝氏(66歳)は、3月30日、高血圧のために入院。この三週間、氏はほとんど出社していない。薄暗がりのなか、同社のビルに浮かぶTEPCOのロゴは、ミッキー・マウスの変異体のようだ。

 およそ250km離れた福島第一原発では、東京電力の数百名の社員といくつかの下請け業者の社員が、損傷を受けた三つの原子炉や使用済み燃料のあちこちから、放射性物質がさらに漏れ出るのを防ごうとしている最中だ。彼らをとりまく状況は、ほとんど我慢の限界を超えている。彼らが被曝する放射線量は、時には数時間で、年間許容量とされている値よりも多くなる。食糧はビスケットと缶詰め。毛布はひとり一枚。寝るのは床の上だ。なかには、27690名の死者・行方不明者をもたらした津波のために、家や家族を失った者もいる。東京電力は、彼らを一兵卒とみなしている。「私たちは、彼らが英雄だとは思っておりません。彼らはすべきことをしているだけです」とある役員は言う。


 日本の原子力災害に関する非難の大半は、東京電力に向けられている。この三週間の間、政府当局は、津波によって損傷を受けた冷却装置の電源を再接続することで、原子炉の制御機能を回復できるだろうという望みを語ってきた。これらの冷却装置は、核燃料が、原子炉格納容器を保護するスチールケースを溶融させたり破裂させたりするのを防いでくれることになっている。

 今週になって、高濃度の放射能汚染水の水溜まりが大量に発見され、原発付近の海水の放射能レベルが上昇した。こうした事象は、政府当局の言う制御機能の回復が、現実にはどれほど程遠い状況にあるかということを明らかにした。これまでの数回に及ぶ放射性ヨウ素セシウムの放出は、少なくともひとつの原子炉の中心部から放射性物質が漏れ出てきたことを示している。新しい調査結果が示唆しているのは、この種の放出を阻止するために設計された冷却装置に、ひどい障害が生じている可能性があるということだ。汚染水をためるタンクは、結局はいっぱいになるだろう。そして、状況は、現場で働く者たちにとって一層危険なものとなるだろう。要するに、冷却装置を修理したり、きちんと機能している計測器をつないだりするには、もっと多くの時間がかかるということだ。

 福島原発はあまりに惨憺たる損傷を受けたので、東京電力としても、この危機がいつ終息するのかを言えなくなっている。放射能の拡散は場所によって一定しないとはいうものの、その濃度は総じて下降してきている。しかし、3月31日の報告は、原発から40km離れた村で検出された放射能が、避難のための基準値を上回っていることを明らかにした。また、国際原子力機関IAEA)は、日本政府はこれまでよりも避難地域を20km拡大したほうがよい、と示唆している。こうした事柄のすべてが、原発周辺の地域が長きに渡って安全ではなくなるかもしれないという不安を倍増させてきた。

 想起すべき過失はたくさんある。東京電力は、タービン建屋の一棟で計測した汚染水の放射能レベルが、実際には基準値の10万倍であったにも関わらず、1000万倍である、という誤った発表を行った。もちろん、10万倍という値も十分に危険ではあるのだが。東京電力のために働く下請け業者は、ウェブサイト上で自社の労働者たちの身の安全について苦情を訴えていると伝えられている。3月24日には、三人の電気工が危険な水溜まりに足を踏み入れるという事故が起きてしまった。その後、汚染水の放射能を計測するために用いられた計器が、毎時1000ミリシーベルト以上を測定できなかったということも、準備不足のしるしのひとつだ。毎時1000ミリシーベルトとは、ただちに健康への脅威をもたらすレベルである。

 東京電力菅直人を擁する日本政府との間の緊張は、同首相が同社本部の中に原子力災害対策本部を発足させて以来、高まってきた。私的な見解として、何人かの政府要人が、東京電力は自社の原発を救うために、原子炉を冷却するために海水を用いることに難色を示していたのかもしれない(同社はこのことを否定しているが)、と示唆した。菅首相は、公然と同社の津波災害対策を痛罵した。玄葉光一郎国家戦略担当相も、東京電力の国有化の可能性に含みを持たせた。もっとも、これはおそらく彼の選挙区である福島の有権者たちがきちんと補償されることを示唆して、彼らを安心させるためだろう。ほかの東電役員たちは、国家の介入に関して言質をとられないようにしてきたが、東京電力の株式は3月11日以来、75%以上も値下がりした。

 社外の専門家たちによれば、原発の操業における度重なる不備のせいで、同社の役員会からは原子力エネルギーの研究者たちがいなくなってしまったという。清水正孝氏は、続けて原子力事故に見舞われることになった三人目の社長に当たる。「この会社は本当に骨の髄まで腐りきっています」と述べるのは、かつては原子力エンジニアでもあった経営コンサルタント大前研一氏だ。大前氏は、東京電力が、原発敷地内にあまりに大量の使用済み核燃料を貯めこんでいること、同じ場所にあまりに多くの原子炉を設置していること(福島第一原発には六機の原子炉が、また新潟の活断層の上にある原子力施設には七機の原子炉がある)、そして十分に多くの電力源を持っていないことを非難している。


 しかし、問題は単に東京電力にはとどまらない。経済産業省原子力の規制を管轄し、その安全性についての責任を負っている。しかし、この同じ官庁が同時に原子力産業の推進を図っているのである。伝えられるところによると、菅首相はこの構造を変革することを考慮していると言う。大前氏によると、原子力科学者たちのほとんどは電力会社によって資金援助を受けており、彼らの自律性は疑わしい。大前氏によると、こうした原子力科学者たちは、政府の原子力安全行政において、「クリスマスツリーの飾り」のようなものにすぎないのだ。

 さまざまな問題が絡みあっている。野党である自民党河野太郎は、経産省と、その管轄下にある原子力の規制にあたる委員会と、原子力産業のあいだには、「いかがわしい三角関係」があるという。河野太郎事務所によれば、経産省の元官僚であった石田徹は、退職後ただちに東京電力の顧問に迎えられている。河野氏はさらに、マスメディアもまた大量の広告を通じて、原子力産業に牛耳られているという。

 日本にあるテンプル大学現代アジア研究所で東京電力を専門的に研究しているポール・スカリーズは、現在の東京電力の「悪魔化」は、一方で政治家や官僚や電力会社が、自分たちに向けられる非難を避けるために起こっていると主張する。彼が指摘するのは、原子力エネルギーの導入が、1973年のオイル・ショック後の国民的な決断であったことだ(日本は石油の99%を輸入に頼っている)。しかしスリー・マイル島とチェルノブイリの事故の後、原発が設置される地域の住民たちは、うちの庭には原発を置かないでくれ、といった態度をとるようになった。電力会社と政府はこれに対して、税制上の便宜や補助金をはじめとするさまざまな懐柔策をとった。その結果、日本の電気代は、富裕な国の中でも有数の高額なものになったのだという。

 さらに東京電力をはじめとする諸企業は、地域住民の反対運動にもかかわらず、新たな原子力発電所を建設しようと奮闘してきた、とスカリーズ氏は言う。だからこそ、[福島原発のように]一ヵ所に数多くの原子炉が集中することにもなったのだ。電力会社が使用済みの核燃料棒を原子力発電所の敷地内に貯めてきたのも、そうした燃料棒をどこかよそに移すコンセンサスがとれなかったからだ。その一方で、発電所が不足しているため、余剰電力は過去20年間にわたって低下しつづけている。

 地震津波の後、東京電力がすでに設置している発電所は、原子力エネルギーによるものとそうでないものを含め、およそ28%が閉鎖されたままだ。3月30日、政府はあまりに明白なことを認めるにいたった。すなわち、福島第一原発は廃止されるであろうということ、そして、放射能漏れを止めるために原発を覆う必要があるだろうということを。だとすると、日本の電力供給能力の1.8%が使えなくなることになる。さらに準備の悪いことに、この国の送電は東日本と西日本で異なる周波数でなされており、東西で電気を共有するのを困難にしている。被害を受けた火力発電所が早期に復旧し、より小規模なガスを燃料とする火力発電所が早急に建設されないかぎり、数ヶ月、あるいは数年にもわたるエネルギー不足が出来するかもしれない。その場合には、経済に多大の損害をもたらすことになるかもしれない。

 したがって、東京電力が厳しく批判されるのも当然だろう。とはいえ現在の危機は、日本という国のエネルギー政策全体の失敗をあからさまに示している。電気代は法外に高い。発電所は政府が望む以上に地球温暖化をもたらすガスを放出している。日本は核燃料サイクルによって、原子力の自給自足を果たそうとする目標を達成できてはいない。そしていまや、原子力災害まで抱え込んでしまった。これは単なる東京電力の罪ではない。日本全体の罪なのだ。もし、この国がいっそう信頼に値するエネルギー戦略を求めるのなら、まずその国民的なレベルで失敗を認めるところから始めなくてはならないだろう。


(trad. TT&KO) 


参考
大前研一Wikipediahttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%89%8D%E7%A0%94%E4%B8%80
河野太郎が解説「日本のエネルギー政策」原子力発電 http://www.taro.org/
葉上太郎「原発頼みは一炊の夢か福島県双葉町が陥った財政難」www.iwanami.co.jp/sekai/2011/01/pdf/skm1101-3.pdf
核燃料サイクルWikipediahttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E7%87%83%E6%96%99%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AB


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