危機の日本を「自粛」が席巻している

The New York Times March 27, 2011ニューヨーク・タイムズ 2011年3月27日

http://www.nytimes.com/2011/03/28/world/asia/28tokyo.html?_r=2&pagewanted=1

Ken Belson and Norimitsu Onishiケン・ベルソンとノリミツ・オオニシ

東京ーもとより一糸乱れぬ行動をとることで知られる日本人とはいえ、今回の震災後、いかにふるまうべきかについての国民的なコンセンサスが、あっというまに広がったのには驚かされる。なにごとにつけ過剰がよしとされたバブル期とは正反対に、日本は国民全体が我慢する「自粛」の時代に入ったのだ。


東北で起きた地震と、津波と、原発事故によって、数千人が家を離れ避難を余儀なくされるなかで、贅沢につながるものすべてが批判の対象となった。節約を、という一斉の呼びかけに応えて、3月11日の前後を境に、日本人たちはいっせいに電気、エレベーター、暖房から、便座のあたため機能にいたるまで、自主的に節電を始めた。


とはいえ、この我慢は、単に福島第一原子力発電所の停止による電気不足に対処するためのものではない。国民全体が喪に服している現在、「自粛」の風潮はよそでも我慢を求めているのだから。普段なら選挙の立候補者は、キャンペーン用の車に大きなスピーカーを付けて投票を呼びかけながら街中を走り回るものだが、来月(4月10日)の地方選挙の立候補者達は、この風潮にしたがって文字通り静かな選挙戦を展開している。


普段は騒々しい販売戦略で知られるビックカメラも、この戦略が場違いなものになったと見るや、都心にある店内で流しつづけているコマーシャルソングのボリュームを下げた。いつもなら通りの向こうからだって聞こえてくるというのに。大阪で行われている高校野球のトーナメントでも、応援の楽隊を控えて、かわりにプラスチック製のメガホンを打ち鳴らしての応援にとどめている。


日本人の生活には欠かせない季節ごとの催しも、開催したものかどうか悩む声がひろがっている。


有名なタレントの関口宏も「この時期はいつもなら花見の話題で持ちきりなのですが」と日曜朝のトークショーで語った。


実際、花見や花火等はキャンセルとなり、卒業式や始業式が延期された。店やレストランは営業時間を短縮したり、休業したり。コスメやカラオケにかわって、水や放射線検出器の登場である。


まるで国民の多くが、命令でもされたか罰でも受けたみたいに、いっせいに頭を垂れるかのようなのだ。


「べつに無理強いされているわけじゃありませんよ」と歌舞伎町でカラオケ店を営むナカムラ・コウイチ(45歳)は言う。日本でも有数の歓楽街の歌舞伎町からは、大声で歌い騒いで楽しんでいる客たちも消えてしまった。「震災に遭った地域になんらかの貢献ができればと思ってるんです」。


ほとんど一夜にして起きたこの変化は、数ヶ月、ひょっとすると数年にわたって続くかもしれない。これから暑い夏に向けて電気消費量が大幅に増え、断続的に停電などが生じると、面つきあわせて夜遅くまで仕事する日本独特のライフスタイルにも支障が出るだろう。スシ・バーやキャバレーも含め、日本を支える一大産業である娯楽産業も、深刻な打撃を受けるはずだ。


この自粛はなかなか効果的で、そのおかげで節約が出来た東京電力は、何度かにわたって計画停電を回避することもできたのだが、こうした縮小傾向が続くようなことになれば、景気の悪化が見込まれる日本経済に、さらに悪影響を及ぼすかもしれない。政府が東北地方の被災地の再建のために相当の支出を強いられる一方、日本経済の60%を占める個人消費はおそらく落ち込むだろう。そうなると、倒産ばかりが増えることにもなるはずだ。


もし、災害が国内でももっと(東京から)遠方で起こっていたとしたら、きっと事態は随分ちがっていただろう。停電や原発事故で直接の影響を受けることになったのが東京であったからこそ、インパクトはいっそう大きなものになったのだ。東京を中心とする首都圏には、圧倒的に多くの企業と、政府の諸官庁と、報道機関が集中しており、国内総生産の三分の一がここで生まれているのだから。


日本がこうした自粛の熱にうなされることになったのは、これが初めてではない。たとえば1989年の昭和天皇の死後[原文ママ]がそうだった。しかし今回の自粛にかぎっては、トラウマをもたらすほどの死者の数と、放射能漏れの恐怖の広がりに向きあおうとする態度のあらわれと考えられるかもしれない、と関西学院大学社会学部准教授 鈴木謙介は言っている。


「広い範囲にわたる被災地と連帯して、この危機を乗り切ろうという東京の人々の気持ちのあらわれがこの『自粛』なのです」と鈴木准教授はeメールに書いている。「『自粛』は自分がなにかやっていると思うには最適の方法でしょう。とはいえ、多分その行動がなにかの役に立っているかどうかを、よく考えているわけではないでしょうが」。


だから、政治家たちがこの国民的な自粛ムードに影響されているとしても驚くには値しないだろう。岐阜、青森、秋田の立候補者たちは、街頭での遊説をさしひかえたり、個別に電話をかけたりするなどの積極的な選挙運動を控えるよう取り決めている。


高級店の並ぶ東京の銀座界隈で、この日曜日(3月27日)、拡声器を手に自転車に乗って、自粛スタイルの選挙活動を展開している元コメディアンの政治家、東国原英夫(53)は、「自分自身の声で出来ることをやってます」、とシャネルや、ルイ・ヴィトンカルティエにブルガリに囲まれた街角で、居並ぶ有権者たちに訴えた。


政治評論家たちによると、こうした限定つきの選挙戦は、この東国原氏が挑んでいる、現在三期目の東京都知事、石原氏に有利に働くはずだ。


「その通りです」。東国原氏は短いインタビューに答えてこう語った。「だからこそ、私はいっそう頑張らなきゃいけないんです」。


一方、日本共産党のような大穴の候補[原文ママ小池晃を指す]は、こういった穏やかな選挙戦は、候補者についての貴重な情報を有権者から奪うものだ、として、真っ向から対立している。


過去の選挙で数千票しか集めることができなかったにもかかわらず、五度目の都知事選に立候補した中松義郎(82)も、自粛キャンペーンに異論を唱えるひとりだ。数百にも及ぶさまざまなガジェットを発明したと称する中松氏は、銀座の街に止めた選挙カーの前で、血栓症を抑えるというストレッチ器具の上に立つ。スピーカーが氏の演説の録音を大きな音で流している脇で、中松氏は、徒歩や自転車での選挙運動なんて、まるで時代錯誤だ、と語った。


自粛への反論は他にもある。東北地方や首都圏で自粛ムードが高まる一方で、西日本では意見が分かれている。1995年に震災を経験した神戸は、この自粛の傾向にはっきりと共感を見せているのに対して、東京に次ぐ日本第二の都市である大阪の府知事・橋下徹は、あまり我慢ばかりしていると経済に悪影響を及ぼす、と警告している。橋下氏は2001年9・11の後のアメリカのブッシュ大統領さながらに、経済を助ける意味でもより多くの消費が必要だと説くのである。企業によっては、収益を被災地救済に当てている企業もある、というわけだ。


しかし東京では、議論の余地などなかった。


新高円寺駅近くにある美容室ZA/ZAでは、多くの会社や学校の式典が中止されたために予約が途絶えてしまった。日替わりの計画停電もあって、客にとっては入れた予約を守るのも難しくなっている、とオーナーのヤマモト・タカユキは話す。


美容師の試験を受けるつもりだったカンザキ・アヤカ(21)は、この事態で計画変更を余儀なくされている。試験はカット、ブローそしてカラーリングの三種類の試験からなる。カンザキさんはカットの試験は合格したものの、カラーリングの試験を受けるには20人のモデルが必要になる。いまのところ、なんとか7人は確保したものの、この状態でどうやってあと13人もモデルを見つけられるだろう、と心配する。


美容室が電力の使用自粛を始めたせいで、店が終わったあとに残って練習することもままならなくなった。照明が消されるばかりか、ドライヤーを使ったブローの練習もできなくなったのだ。それでも、カンザキさんは不満を漏らす様子もない。「私だけが困っているわけではないですから」と、彼女はいかにも日本人らしい私心のなさを見せて言う。「みんなそうなんですから」。


(trad. MT)



参考1)「花見ーWikipedia「桜の木は日本全国に広く見られその花は春の一時期にある地域で一斉に咲き、わずか2週間足らずという短い期間で散るため毎年人々に強い印象を残し、日本人の春に対する季節感を形成する重要な風物となっている。その開花期間の短さ、そしてその花の美しさはしばしば人の命の儚さになぞらえられる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E8%A6%8B

参考2)岩手の日本酒で花見を 酒造3社、「消費も復興支援」‎ - 岩手日報http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110406_5

参考3)石原知事“花見禁止令” 戦争時の「連帯感は美しい」
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/110330/mca1103302006015-n1.htm

参考4)「花見自粛」石原知事に対立候補反論…都知事
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20110403-OHT1T00054.htm

参考5)候補者のエネルギー政策を知りたい:我が国のエネルギー政策について、どのような立場をお持ちでしょうか。
http://energy-policy.net/

参考6)小谷野敦週刊読書人』「論潮」2011年4月1日号より
地震である。しかし「論」として大したものはなかろうと思っていた。せいぜい関東大震災の時に「天譴説」が出たような天罰説が出るくらいか、と思い、また国民が突如として偽善者めいて東北の被災者への祈りを始めたり「不謹慎」「自粛」と言ったり、天皇玉音放送があったりと相変わらずで、みなが冷静でパニックにもならない、というのは、その性質ゆえに全体主義に染まりやすく、また革命も起こらない国なのではないか、と思う。原発事故があったから、今後原発論議がまた盛んになるだろうが、それは大いにやって良いと思う。」

参考7)外国人記者が見た「この国のメンタリティ」「優しすぎる日本人へ」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2372


告知1:浜岡原発すぐ止めて! 東京―市民集会&デモ 2011/4/10(日)
集会開始 13 :00〜 芝公園 23号地
デモ出発 14 :00〜
http://lumokurago.exblog.jp/16144345/


告知2: 原発いらん! 関西行動 2011/4/16(土)
15:30〜 大阪・中之島公園 集会
16:10〜17:30 御堂筋デモ

www.jca.apc.org/mihama/annai/demo110416.pdf